円空創房のあゆみ
そしてここからも
 
すべては他者との関わりを体験することから「自分」という宇宙観が生まれ、「自分」という存在意義が感じられる。
 
2007年末 フラワーエッセンスのメーカーを退社し独立してから
延べ5000人に届こうとする 私のクライアントケースを様々振り返ってみると
私の考え方は終始一貫しています。そして今もその考えが変わることはありません。
 
クライアント様のご相談内容を分析していくと、それらは「個としての自分を確立していくプロセス」そして「パートナーシップ(近親者との一対一の関係性)」さらに「社会(一対多数)での自分の位置関係」という3つに集約されます。
そして居場所という観点からみれば、プライベートの居場所の安心感が育つことで、オフィシャルな自分の居場所が社会貢献というヒューマンパワーを100パーセント出し切る場にできる1番の近道だということもよく理解できました。
たくさんのクライアント様との関わりによって、私は社会の中にある「人」の本質的な望みや願いを体現した人の歓びを体感することができるようになればなるほど 財界の責任あるお立場の方とのお仕事も経験することができるようになりました。
 
関わりというものから生まれる「真実」が私にとって何よりも自信を育ててくれたわけです。
 
自分自身の人生を生きること
家族という血のつながりを生きること
社会の一員として自分を生きること
 
ひとつの一生の中で様々な目的を同時進行していく私たちは
瞬間瞬間の取捨選択である”折り合い”を自他のためにし、情動という感性を生み出します。
喜怒哀楽様々な感じ方を生み出すことで、また次の折り合いを生むことを繰り返します
 
それらの体験がより歓びを生み、悦びに満ちた人々を創り出せるための「関わりとやりとり」から、あなたの本質的な在り方をつかめるように。
 
 
ここからも変わらず歩んでまいります。

石井 美穂 Miho Ishii

1969年10月12日生
2008年 rootrue communication-work studio 開設
2011年 円空創房に屋号変更


石井美穂   Miho Ishii
ライフセラピスト
ワーククリエイター
コミュニティデザイナー
 
1969.10.12.
鎌倉在住 5児の母
2008年  Rootrue communication studio 設立
2010年  円空創房 EnnQoo communication-works 屋号変更
2017年  素玄 sogen. 共同運営開始
 
年配夫婦に一人っ子として生まれたこともあり、どんなことも体験し口を出されず見守られるスタンスの中、ナイーブながらも明朗活発に育つが、10歳の頃より母の精神不調が悪化することで、中学高校と母のフォローをしつつ、父のいい人人生による金銭苦悩も経験したことで、早期に大学をあきらめ、極端ながらも結婚育児を19歳から開始。
そこから、離婚再婚出産介護と現実的生活の様々なトピックをめまぐるしく体験。
その中で28歳より約10年間のフラワーエッセンスメーカー勤務により、ホリスティック且つリアリティあるスピリチュアリティに触れるきっかけを得、39歳で独立。
自然療法と独自のメソッドを併用したカウンセリングを行う。
3.11の後、ある方からのオファーを受け、政財界に関係する方のアンダーフォローを請け負うため、表立った活動をすべて休止し、水面下口コミのみで一般的なカウンセリングは継続。その中で地域と個人主体の社会システムuni-waを構築する。
アンダーフォロー活動が終了した2015年以降、表立った活動を再開し現在に至る。
2016年中旬より、大企業から転身した菱山氏と、社会の転換期に向けた小規模転身ビジネスギャップをフォローしながら、小さな本物とのマッチングビジネスおよび、人にしかできない事業のしくみを創出するための会社 素玄sogen.の開設準備をはじめる。
 
石井美穂は「正確に人に伝えることを心がけるだけで世の中は円滑になる」「宇宙の真理的秩序を前提においた生き方および取捨選択で調和が成り立つ」「感情を感じることに心をひらくためには人が人たる関わりを真正面に受け止め大切にすることである」
この3つだけを常に見て生きている、単純明快な人物。
 
 
 

 私的状況

3度目の主人との間に現在2歳の男の子がおります。通算5人目で4人目との年齢差が18歳あるので、はっきり言って「孫」のような感覚で再度育児を見つめ直しています。幸いにも4人目の今年20歳になる娘が鎌倉に引っ越してきてくれ、2歳の弟をとても可愛がってくれておりますので、私は娘に助けられています。
 
主人はソムリエで 自然な造りのワインと日本酒を揃えたダイニングバーを鎌倉にて開いており、お店では主人の母と共に料理を担当しています。このお店は中国茶・台湾茶のサロンと一緒なので、お酒が飲めなくても居心地の良い場を提供すべく日々奮闘中です。シェフ料理ではなく家庭料理なので、気を使わずに一緒にいらした方や居合わせた方との交流に集中していただく場を心がけています。
 
結婚生活は(家族社会形成は)通算で27年目に入りますので、その間には子育て・それにまつわるPTAや地域活動、介護についてはトリプル介護、母が統合失調症だったこともあり自宅内でのカウンセリングも含めたケア等が 私の人生の中で現実的経験値を非常に高めてくれています。
 
ライフワークになっているカウンセリングやコンサルティング業から、これからの時代に向けて、ボトムアップコミュニティを作るのに興味があり、現在長野県上田市と松本市にて拠点を作るべくスタッフ20名ほどを育成中。私にとってはたくさんの親戚がいるような感じで、毎月楽しく通わせていただいています。出張にはもちろん息子も同行しておりますので、皆さんに育ててもらっています。
 
子供達の事を少し書きますと、最初の主人のところに女の子・・現在27歳かな?彼女とは4年前にFBで「もしかして・・・オカン?」という劇的なメッセージが届き、その日に再会するというドラマティックなエピソードが。経験を積み重ねた魂の娘は、物事の俯瞰がとても上手。その当時にはちょっと珍しいタイプのレインボーかな?
二番目の主人のところには男(23)・男(21)・女(20)と3人。長男は造園、次男は農業に足を向けました。末っ子の娘はとても賢い人生運びをしていて、現在は会社員ですが、今のうちに一人暮らしを経験しながら、自立のための家事等を身につけている最中。
絵ごころがあり、私が自然療法であるフラワーエッセンスのメーカーに勤務する前がフリーの花屋だったこともあり、園芸に対しても心を寄せている模様。これからが楽しみです。彼女もとても古い魂なので、私はとても楽に付き合うことができます。
みんな、それぞれのペースで連絡を取ってきて5人目の息子を可愛がってもらっています。
 
自分について。
一人っ子ではありましたが、父も母も「やってごらん」という”良くも悪くも自己責任性の強い育て方”をしてくれましたので、門限はあったものの割と決めることは自分で決めてやってきたと思います。母は私が10歳くらいから精神的な不調を持っており15歳になる頃一旦楽になりましたが、私の2度目の結婚後に再発した時には幻聴などがひどく統合失調と診断されるようになります。思春期も結婚後の子育て真っ最中も、ある意味助けてもらうよりも母をフォローする。という立場で接しているのが、私独自のカウンセリング法を確立したきっかけと言えます。30歳になる少し前、花屋のお客様からフラワーエッセンスのメーカーに連れて行ってもらい、その後まもなくそのメーカーに勤務することになりました。
地に足のついた、人間らしいスピリチュアリティを地で生きていた社長のもと、いろいろな経験をさせてもらい、トリプル介護の時間的配分が限界になったのをきっかけに、止める社長のもとを去り、フリーで活動をし始めます。介護に加え仕事の活動でもいろいろありましたので、クライアントさんが紹介してくださる口コミでの活動がほとんど。本当の意味で「自分なりの方法を独自に研究開発」することとなりました。母は前のHP作成の時には、最後の1錠の薬だけに減らせたと書きましたが、現在は無投薬!全ての薬を止めることができています。目の力もしっかりしました。おばあちゃんですので、忘れっぽいのはご愛嬌としても、ずいぶん図太くなり(笑)、良い意味で独りを満喫できる人になりました。様々な母とのやりとりについては、母をサポートしてくれている介護のスタッフの方が、私の独自の考えを受け入れてくれて、サポート時にそれらを徹底してくれました。それらは今、私のカウンセリングの軸となっています。
 
フリーになって、時間を自由にできることを欲していたはずですが、今振り返ると、自分なりの社会創造のための価値観や新しい秩序などをシュミレーションしていくという意味での「独自のカウンセリングシステムを自由に作り出すこと」を欲していた。と今では思えます。その時期不義理をした人もたくさんおりまさに独りで活動してきました。が、今年になって不思議なくらい、それらの人との接点があり、信頼回復をさせてもらうことが続いています。神計いは遠慮なくいただくことにします。