みんな、ヒトだろ?
特有のニオイのするスピリチュアル〜ジャナークでの8年間
約8年という月日をフラワーエッセンスという未知のアイテムを目の前にして過ごしてきたのですが、その中でワタシという存在がいろんな意味で「面白く」捉えられていたのは、何となく感じでいました。
はじめて行くお取引先様では「なんだか、こういうものお取り扱いするイメージの方とは全然かけ離れていますよね」とか「あらら、意外でした。」なんて言われた事もありましたよ。
笑えたのは、どこかの駅の改札で御待ち合わせをした時、前もって「黒い大きめの鞄を持っています」みたいに言ってあった相手先の方が、ワタシの方へ向かって歩いてくる。「こんにちは〜はじめまして!」
といいながら、ワタシの左隣にいらした、か弱そうな方にお辞儀を。
「・・・・・」
「すみません。相澤です」と言葉がけをしたのは、鮮烈でした。
それくらい、当時のスピリチュアル。というイメージは出来上がっていた。
その中で、どうやってこれを「フツーのヒト」に販売するか。というのが課題の営業時代。
東急ハンズに自分の誕生日の日に営業にいって、お取り扱い開始をいただいたと同時に「実演の嵐」がはじまる。
相手の本音が商品を待っている。〜3段階のヒトのココロ
だいたい、3Fのバス/トイレタリーの売り場にアロマがあって、そこに某バッチと一緒に並んでいる。というのがワイルドフラワーエッセンスの売り場イメージ。
関東/関西のハンズに定期的に回っては実演をしていく中で、知らず知らずのうちに相手の本音の段階がパターン化していることに気づき、「どうすれば、お客さんがお客さん自身のために使おうとするのか」が見えてきた頃、ヒトのココロは、ヒトの関わりの中で開いていくのであって、商材の善し悪しを判断して購買につながっている訳ではない。というワタシに取ってとてつもなく大きな収穫があったように思う。ヒトがどんなにがんばっても、ヒトを超える「モノ」は造れない。だから、すべてのことは「ヒトにはじまって、ヒトに終わる」カタチを作ることが最重要なんだ。
なんだか、禅問答みたいな答えなんだけど、ここからワタシの「体験型スクール」の前身の構築が始まる。
アボリジニみたいになりたいっ 〜そもそもヒトってどんな風にいきるつもりだったっけ?
ワイルドフラワーエッセンスの特徴を伝えるんだけど、実際は「ヒトの特徴」を伝えている。そんなイメージを持ちながら、何に気づく体験が必要なのか。それだけを考えながら、お取引先様に出向いて商材の説明ではなく「セラピストカウンセリング」を行っていた。
ご自分の問題や状況を実際に変化させていくのに、どんな使い方をしたのか。どんな気づきがあったのか。そして、どんな風にテーマとして絞り込んでいったのか。
それは、実際自分がその立場にならないとわからない。
ワタシはジャナークにいる間の8年間は、その着眼点と情報収集だけをおいかけ、誰にでも必ず気づきのきっかけはあるのを、見つけさせる。というカタチでお取引先様とつながってきた。
そこには、1冊の本「ミュータントメッセージ」があった。
この話がフィクションかノンフィクションかなどはどうでもいい。
それ以上に、この「生き方」をどうやってひとつづつ自分に落とし込んでいけるのか。
それらは「省みる」スタンスを生み出し、「尊重」という境界線を与え、「融合」というオープンマインドを表現していた。
宇宙の根源とつながる。
はい、やっと出てきましたね。「根源」これが、ワタシにとって「根っこ」と「真実」なんですよ。
ヒトなのにスピリチュアル/自由に表現してこそヒトらしい
尊重そしてオープン。強がらないからこそ優しくできる。
ワタシの自宅の近くに「塾なのに家庭教師」というフレーズの塾があるんですけど、まさしくこれ。「ヒトなのにスピリチュアル」これが、ワタシの表現したいところなんですよね。いちいち相手のこと判断しないで「そっかー。そう表現したいんだ。ならば、こうやって一緒にやっていこうよ」とか「君のそういうところ、すごいよね。君のそこと、ボクのここ。○○さんのあれも一緒にすれば最強じゃん?」そんな共同参画型、いいと想いません?
もう、強がってる場合じゃないですよ。やさしくしなくちゃ「いけない」とか、おこっちゃ「いけない」とかもなし。
誰だってほんとはいいヒト。
どういう環境にいたか、どんな苦境を味わってきちゃったのか。その差はあるけど、本当はいい人。
それが身にしみて理解できていること。ヒトとしてスピリチュアル。こういうことじゃないかな?
そして、もひとつ。
想像してみてほしいのです。
自分のカラダの中には沢山の「感覚器」が存在しています。特にヒトのそれは非常に高性能で、何かの綿埃とかがスーッと肌をよぎっても、それが「わかる」
その「感覚器」さんがですよ、もし「本音」を出さなかったらどうなるとおもいますか?
例えば、自分が持ったフライパン。実は使ったばかりでチョー熱い。
その時、指と手の感覚器さんが「ワタシ、ぶつかり合ったり、相手を傷つけたくないから許します」なんていったらどうします?
「やけど」ですよ。やけど。しかも反応が鈍い状態になるので、肌は相当ダメージうけます。
通常の反応速度なら、即座に他から「水」がやってきて、水ぶくれを作って皮膚を守る&温度下げる。
この「連携」ができるのは、感覚器が敏感にストレートだからなんですよ。
これをそのまま地球に当てはめてください。
ヒトは地球にとっての「感覚器」なんです。
ヒトとヒト同士の中で、ぶつかり合いをいやがって水面下に抑圧する光景。
これは結果としてダメージが地球規模でいっても大きい訳です。
だからこそ、自由に表現してほしい。
おこってもいいし、泣いてもいい。
なんでもいいからまずはストレート。
そうすれば、相互に理解しやすくなって、最後は愛でOKになる。
その「実例」を沢山つくってほしいんですよ。
それが、ヒトとしてのスピリチュアリティーじゃないか?
って思うんです。
ま、そんなわけでルートゥルーは、真実で生き続けるヒト。真実を見つけたいヒトが集まってくる場として存在しています。