セラピストという概念/ヒーリングという概念
フラワーエッセンスを通じ独立した活動をしながら今日まで早1年半経過しました。
現在の活動は、阿慈無がメイン。セラピスト独立支援という運営上のカタチも発信し、
江ノ島の弁才天カフェを立ち上げて毎日の活動を飲食業で表現しています。
昨年度からセラピストさんを育成し、そのメンバーが実際に「カフェ」を運営する。
独立支援という感覚はわかるけど、なんで?
ちょっとわかりにくい事かと思います。
なにを考えて私がこういうことをしているのか。を少しオツタエしようと思いました。
私のなかでは、セラピストという概念が「型にはまるカタチ」で存在していません。
いわゆるセラピーというようなことを扱う人だけがセラピストと思っていないと言った方がいいかもしれないです。そしてさらにヒーリングという概念も同じ扱いです。
ヒトが癒されていく。というプロセスはいろんな所で存在していますよね。
小さな子供達の遊ぶ姿をみて、「よしっ、がんばろう」って思うかもしれないし、
誰かの大変そうな姿をみて、「よしっ、がんばろう」って思うかもしれない。
あったかいお味噌汁を飲んで涙がでるかもしれないし、
マクドナルドでハンバーガーを100圓で買った時、涙がでるほどうれしいかもしれない。
問題は、その本人がどう感じて、どうそれを自分の学びとするか。
相互がその一期一会な瞬間をどうとらえてどう使うか。
それしかないです。だからヒトツのお部屋でのセッションも大切だけど、それだけじゃない。
そう思っている私がいます。
フラワーエッセンスというツールに出会った自分たちは、いろんな方法を言葉に発することなく相手に提案することが可能です。
自分たちが使ってきたフラワーエッセンスやエネルギーワークの使い方や方法をオツタエする事ももちろん大切なことなので、それらはワークショップやレッスン、スクールなどでバトンタッチされていきます。
そしてさらに
フラワーエッセンスに出会った自分が、どう輝いているのか。
フラワーエッセンスに出会った自分が、どうヒトと接するのか。
毎日の生活の中でもし、それらが自分から染みでていけたら。それはとても有用な、省エネなエネルギー交換となります。
私が一番大切にしたいセラピストとしての感覚は、毎日の生活の中にスピリチュアリティーが自然に表現されていること。
講習会の時間だけ。とかエッセンスを使っているときだけ。クライアントさんと接しているときだけ。
それじゃ物足りないんです。
今自分がいる場所で、内容の濃い感覚を味わうことができる。普通の生活の中でのセラピストとして活躍してもらいたいので、こんなカタチの発信もありとおもった私なんですね。
ヒトが本来表現するはずのこと
もうひとつ、この活動の地場作りとして常に頭にあるのは「社会的な結びつきとスピリチュアリティ」です。
競争するのではなく協奏するとか。
排除するのではなく配助するとか。
仲間としてつながりながら、だんだんとその輪が大きくなっていく。
その中で、自然と本来のヒトとしてのつながり方が「体現」できている。
今までのコミュニティーが「ルール」を作ったのに対し、
これからのコミュニティーは「フリー」
そのフリーがどの「視点」から考える事ができたら、自分にとっても、相手にとっても、社会にとってもよい結果に結びつくのか。
視点への気づきのツールとしてこれからも私はフラワーエッセンスを使い続け、ヒトとの一期一会を大切にし続けます。
この視点がカラダから発せられる自分になりたいからです。
そんな想いが様々なカタチとなって発信されているのだ。と理解ください。
美穂
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